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大阪地方裁判所 昭和60年(わ)4289号 判決 1990年9月14日

主文

被告人らはいずれも無罪。

理由

一  公訴事実の要旨

被告会社は、冠婚の挙式、設備の提供及び挙式全般の請負等を目的とする会社、被告人乙は、被告会社の代表取締役として同社の行う冠婚の挙式等の業務全般を統括掌理しているもの、被告人甲は、同社の取締役業務部長として同社の行う冠婚の挙式等の業務全般を担当掌理しているものであるが、被告人乙及び同甲は、軽貨物運送等を営む株式会社××(変更前の商号、○○運輸株式会社。以下「○○運」という。)の代表取締役丙(以下「丙」という。)らと共謀のうえ、被告会社及び○○運等の業務に関し、法定の除外事由がないのに、運輸大臣の免許を受けないで、自動車を使用して被告会社の行う冠婚等の挙式に伴う旅客を有償で運送することを企て、別表(省略)記載のとおり、昭和五九年九月二三日から昭和六〇年二月二一日までの間、合計四〇回にわたり、大阪府内等において、乗客の室屋享代らの需要に応じて所定の運賃を受け取り、○○運等の所有する普通乗用自動車(マイクロバス)四〇台を使用して同人らを運送し、もって、無免許で一般自動車運送事業を営んだものである。

二  本件の争点

被告人らは、いずれも本件運送事業を営んだことはない旨主張し、弁護人らは、本件運送事業の主体は○○運であって、被告会社ではないから、同社に対する道路運送法の両罰規定の適用はなく、被告人乙及び同甲が丙と共謀して右事業を営んだ事実もないから、被告人らはいずれも無罪である旨主張する。

ところで、道路運送法(平成元年法律第八二号、第八三号による改正前のものをいう。以下同じ。)四条一項は、「一般自動車運送事業を経営しようとするものは、運輸大臣の免許を受けなければならない。」と規定し、これを受けて同法一二八条一号は、「第四条第一項の規定に違反して一般自動車運送事業を経営した者」を処罰する旨定めている。一般に行政上の取締法規には、禁止規定の名宛人を特定の身分を有する者に限定するものとこれを限定しないものとがあるが、同法の前記規定は、このうちの前者に属し、名宛人を事業主に限定している。他方、同法一三二条本文は、「法人の代表者は法人……の代理人、使用人その他の従業員がその法人……の業務……に関し、第一二八条から前条までの違反行為をしたときは、行為者を罰する外、その法人……に対しても、各本条の罰金刑を科する。」と規定しているが、この種の両罰規定は、事業主たる法人が処罰される根拠であるとともに、自らは禁止規定の名宛人でない右法人の代表者、代理人、使用人その他の従業員が処罰される根拠を定めた創設的規定であると解される(最一小決昭和34.6.4刑集一三巻六号八五一頁、最一小決昭和55.10.31刑集三四巻五号三六七頁等)。本件においても、被告会社は、無免許による一般自動車運送事業の事業主であるとして訴追され、その代表者である被告人乙及び従業員である同甲は、同法一三二条本文の規定に基づいて訴追されている。

ところで、本件公訴事実記載の各旅客運送を実際に行ったのが○○運及びその下請業者である株式会社△△レンタリース(以下「△△レンタリース」という。)であり、被告会社、○○運及び△△レンタリースがいずれも一般自動車運送事業の免許を有していなかったことは、証拠上明らかであり、かつ当事者間に争いのない事実である。検察官は、被告会社が○○運等と共に本件運送事業の事業主であったと主張するので、本件においては、実際には旅客運送を行っていない被告会社が右事業主と認められるかどうかが、同社はもとより被告人乙及び同甲の刑事責任の有無を判断する前提となる。そこで、以下、本件運送事業の事業形態等を明らかにしたうえ、右の点を検討する。

三  本件運送事業の事業形態等について

関係各証拠によれば、以下の事実を認めることができる。

1  被告会社は。昭和四六年六月、「各個人、団体を会員組織となし、これの募集による冠婚葬祭の相互扶助をなす業務、冠婚の挙式、設備の提供及び挙式全般の請負、葬祭の装飾、設備の施行並びにその手続全般の請負」等いわゆる互助会事業(割賦販売法上の前払い式特定取引)を目的として設立された株式会社であり、被告人乙は、右設立当初から現在に至るまで同社の代表取締役の地位にあるもの、被告人甲は、右設立後まもなく同社に入社し、寝屋川玉泉院支配人等を経て、昭和五五年一月、取締役に就任し、同年一一月から本件当時まで同社の取締役業務部長の地位にあったものである。

2  被告会社は、会員を募集して契約を締結し、会員から月掛けの前受金を集金してこれを管理する営業部と、会員の需要に応じて冠婚及び葬祭の儀式を施行する業務部等からなる。業務部のうち、婚礼部門においては、儀式を施行するほか、料理、引出物、衣装、生花等を下請業者に発注し、タクシーの斡旋、新婚旅行の取次等これに付随する業務を取り扱い、葬祭部門においては、病院から自宅への宅下げ、清浄、通夜、告別式、斎場への山送り等を行っている。

被告会社は、当初、他の式場を借りて儀式を施行していたが、前受金残高が増加するにつれて、昭和五二年以降、自社の結婚式場として守口玉姫殿及び梅田玉姫殿を、葬儀場として寝屋川玉泉院、東大阪玉泉院及び豊中玉泉院を竣工させ、これらの施設を利用して冠婚葬祭の儀式を施行している。

3  大阪府下における葬儀では、山送りの際に参列者をマイクロバスによって送迎することが一般的に行われていたが、青色免許をもった業者のマイクロバスの絶対数が不足していたため、白ナンバーの無免許のマイクロバス(以下「白バス」という。)を利用することが広く行われており、被告会社も、設立当初から他の葬儀業者と同様、葬儀の参列者の送迎に白バス業者を利用していた。また、被告会社は、設立当初、会員獲得のため未開拓地域に多数の営業部員を投入する必要性があったことから、その送迎用にも白バスを利用した。その後、被告会社は、社員送迎用の白バスを婚礼客の送迎用にも転用し、婚礼に飲酒が伴うことも相まって、その送迎に広く白バスを利用するようになった。

4  丙は、昭和四八年ころから白バス業者のSレンタカーの運転手として被告会社に出入りしていたが、昭和五〇年ころ独立し、白バスを利用して被告会社の営業部員の送迎を行うようになり、その後、被告会社の施行する冠婚葬祭の参列者の有料運送も手がけ、昭和五三年六月に○○運を設立して、自らその代表取締役に就任した。○○運は、当初はほか数社と共に被告会社から旅客運送を請け負っていたが、昭和五七年ころからはこれを独占的に請け負うようになり、婚礼部門は自らの責任において、葬祭部門は△△レンタリースを下請として、その運送に当たっていた。○○運は、その業務の全てを被告会社から受注する同社のいわゆる専属的下請であり、設立当初から被告会社の専務取締役の丁が有給の取締役となり、被告人甲も監査役となるなど、被告会社と深い人的関係を有していたが、右関係について被告人乙は関知しておらず、被告会社との資本上の関係もなく、同社といわゆる親会社、子会社の関係に立つものではなかった。

△△レンタリースは、白バスを使用して丙の下請を行っていた戊が、昭和五七年四月、自動車のリース等を目的として設立した会社であり、○○運の下請として、自社の社員及び車両を使用し、あるいは持込み運転手を雇って被告会社の葬儀の参列者の送迎を行っていた。

5  本件旅客運送の用に供されたマイクロバスは、○○運が所有し又は管理する車両、もしくは△△レンタリースが所有し又は雇った持込み運転手の管理する車両であり、○○運及び△△レンタリースが所有し又は管理する車両のボディには「玉姫殿」あるいは「玉泉院」と大きく書かれていた。他方、本件自動車運送に従事した運転手は、○○運の従業員又は△△レンタリースの従業員もしくはその持込み運転手であり、右運送に要するガソリン代、車両の修理代、車検費用、保険料等の経費は、全て○○運又は△△レンタリース等が支出し、右運送に伴う交通事故の示談、弁償等は、一切右両社等が行うことにされ、被告会社が関与することはなかった。

丙は、○○運の違法な白バス運送を解消するため、昭和五五年ころ、陸運局に青色免許の申請をする一方、同社の所有する車両をリースにするとともに、自社の運転手を被告会社の従業員とするよう被告会社に申し入れたが、労務管理上の問題や交通事故の補償の問題等を理由にこれを拒否された。

6  被告会社は、婚礼又は葬祭の施行に関して会員にサービスを提供するに当たり、自社で処理する以外の部分を、直接下請業者に発注せず、いったんAセンター事業協同組合(以下「A」という。)に一括して発注し、同組合が組合員たる各下請業者との間で個々に契約を結ぶという形態をとっている。Aは、昭和五四年一〇月、被告会社の下請業者の集まりが中小企業等協同組合法に基づく法人として設立認可されたものであり、○○運も、その一組合員である。Aの存在により、被告会社としては、業務の発注や代金の支払いが合理化され、提供されるサービスや商品の質が確保される一方、下請会社にとっても、一定の仕事量が安定的に確保され、相互の信用力により融資が受けやすくなるなどのメリットが存する。

○○運の代金の請求及び決裁の方法は、他のA組合員と異なるところがなく、Aを介して被告会社に納品書及び請求書を提出し、被告会社からAに一括して銀行振込をされた代金から、Aの手数料が差し引かれて、○○運に銀行振込をされていた。

7  ○○運による被告会社の施行する婚礼、葬儀の客の送迎運送は、△△レンタリースの下請関係を捨象すると、無償、有償等の形態を何度か繰り返した後、本件当時は、顧客と被告会社、被告会社とA、Aと○○運との各運賃の間にそれぞれ差額が存するという差額徴収有償の形態が原則的であった。このうち、被告会社が顧客に請求する代金が上代、Aが被告会社に請求する代金が下代と呼び慣らわされていた。葬儀の参列者のマイクロバス運送は、参列者の山送りに関するもののみが有償とされ、その他の運送は無償とされていた。葬儀の場合、下代は、斎場間の送迎が八、〇〇〇円ないし一万一、〇〇〇円、それ以外の送迎が一万八、〇〇〇円で、上代は、これに一、〇〇〇円ないし、二、〇〇〇円を上乗せして定められていた。婚礼の場合、下代は、送迎の距離等に応じて八、〇〇〇円ないし三万五、〇〇〇円の範囲で定められ、上代は、これに二、〇〇〇円ないし一万円を上乗せして定められていた。

被告会社の契約約款においては、タクシー代及びマイクロバスの運賃は、婚礼及び葬儀のいずれの場合も、会費に含まれないものとされ、同社が顧客との間で取り交わす冠婚葬祭の申込書や見積書等においては、タクシー代と並んでマイクロバスの運賃の記入欄が設けられていたが、本件当時、右科目は、婚礼及び葬儀のいずれの場合も、立替科目として処理されていた。被告会社の担当者は、顧客から冠婚葬祭の施行の申込みを受ける際、送迎のマイクロバス運送を○○運等の運転手が行っていることは告げなかった。

四  被告会社の「事業主」性について

以上の認定事実を前提として、被告会社の本件運送事業への関与の法的性質について検討する。

1  まず、被告会社と○○運との間には、前記のとおりAが介在しているが、Aが独立の法人格を有するとはいえ、これを契約に介在させるのは、被告会社と○○運ら下請業者の双方の便宜的理由によるものであるから、Aは、本件運送事業の法的性質を検討するうえでは、被告会社の窓口業務を代行していたものとして無視しうるものというべきである。また、以下の考察を簡明化するため、△△レンタリースの下請関係は捨象する。

2  本件運送事業をめぐる被告会社と○○運との関係は、○○運が実際の運送行為にあたり、被告会社がこれを利用するという形態であり、両社の間の業務委託の基本契約に基づいて継続的な契約関係にあったとみることができる。この関係を私法的にみれば、被告会社が顧客との間で○○運のために運送契約の取次(商法五〇二条一一号)をしたか、もしくは被告会社が顧客との間で結んだ運送契約(旅行業法二条一項三号にいう利用運送に相当する。)を履行するため○○運にこれを下請させたかのいずれかであると解される。この点について、マイクロバスの運賃が立替科目として処理されていた点を重視すれば、取次とみることができるし、本件運送に用いられた車両のボディに「玉姫殿」等と大きく書かれていたことや、被告会社の担当者が顧客から冠婚葬祭の施行の申込みを受ける際にマイクロバス運送を○○運の運転手が行っていることを告げなかった点を重視すれば、利用運送とみることもできる。しかし、被告人らの刑事責任を論ずるうえでは、右の点をいずれとみるかは、それほど重要なことではなく、両者のいずれかであると理解すれば足りるというべきである。

ところで、被告会社は、顧客との契約締結段階において○○運のために仕事を分担しており、同社の車両のボディには「玉姫殿」あるいは「玉泉院」という被告会社を表象する標示を使用させて、○○運の便宜を図っており、本件運送事業による売上げの一部を上代と下代の差額として収受していたから、被告会社と○○運とは、右事業に関して相互に利用し補充しあう関係にあったということができる。したがって、右両社がともに自然人であったとすれば、右事業の経営に関して事業主という一種の身分を有する○○運に、これを有しない被告会社が一種の身分なき共犯として加功したこととなり、刑法六五条一項により共謀共同正犯が成立しうる関係にあったというべきである。しかし、現行法下においては、法人自身の犯罪能力が認められておらず、両罰規定等特別の定めをまってはじめて法人の処罰が可能となる(刑法八条参照)ものであるから、その犯罪能力を前提とする法人間の共犯関係も、特別の定めのない限り認められないといわざるをえない。したがって、被告会社に本件運送事業の経営についての刑責を問うためには、単に他人の経営する右事業を利用したという前記の程度の関係が存するだけでは足りず、自らが右事業の事業主であることを要するといわねばならない。

3 そこで、被告会社が本件運送事業の事業主であったかどうかを検討する。

一般に、事業主を名宛人とする両罰規定において、「事業主」とは、自己の計算において事業を経営する者をいうと解される(大判大正14.9.18刑集五巻五三三頁等)。

ところで、道路運送法の規定を概観すると、同法は、「道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保するとともに、道路運送に関する秩序を確立することにより、道路運送の総合的な発達を図り、もって公共の福祉を増進すること」を目的として制定され(一条)、一般自動車運送事業について運輸大臣の免許を要するものとして(四条一項)、新規参入を厳格に規制しているほか、右免許を受けた一般自動車運送事業者に対しては、継続的規制として、運賃及び料金の認可制(八条)や運送約款の認可制(一二条)、運送引受義務(一五条)、業務の継続義務(一九条)、運輸省令に従った会計処理義務(三一条)、名義貸し及び事業の貸渡し等の禁止(三六条)等の様々な義務を課し、一定の場合には、運輸大臣が事業の改善命令を出したり(三三条)、事業の停止や免許の取消をすることができる(四三条)旨定めている。このように、同法は、道路運送事業の公益性から、営業の自由に対して広汎かつ厳格な規制を加えるものであり、一般自動車運送事業について講学上公企業の特許と呼ばれる免許制をとったうえ、免許を有する事業主に対して様々な義務を課している点に特徴がある。

道路運送法が義務規定の名宛人とする「事業主」の意義に関しては、基本的には先の一般論が妥当するというべきであるが、前述の同法の規定の趣旨を考慮すると、実質的に自動車運送事業を経営しているものをいうと解すべきであり、それは、運賃収入、諸経費等の収支の帰属者が誰か、運行管理や労務管理等の業務運営が誰によって行われているかといった点を総合的に考慮して判断すべきである。そして、以上のことは、無免許で一般自動車運送事業を経営した者に対する罰則規定の解釈にも妥当するというべきである。

4 これを本件についてみれば、運賃の一部は、確かに、上代と下代との差額として被告会社に帰属していたが、これは、被告会社の行った取次又は利用運送契約に伴う手数料としての性質をも有するものであるし、諸経費は全て○○運の負担とされていたから、収支の帰属主体は、全体としてみれば、被告会社ではなく○○運であったとみるべきである。次に、本件運送の用に供されていた車両は、○○運が自ら所有し又は利用する車両であって、その管理は同社が行っていたうえ、本件運送に従事した運転手も全て○○運の従業員であって、同社の労務管理下にあるものであった。確かに、被告会社の冠婚葬祭の施行状況によって右運送の事業区域や運行計画が事実上決定された面があるが、それは、本件運送の需要が被告会社の業務から派生したことによるものであって、被告会社が具体的に運行を管理していた事実は存しない。以上を総合すれば、本件運送事業は、実質的には、収支の帰属、運行管理、労務管理等のいずれの点をとっても、○○運が単独で経営していたものであり、被告会社が○○運と共同でこれを経営したという実態は認められないというべきである。

加えて、「自己の計算において事業を経営する者」という法人の両罰規定一般における事業主の意義に関する前記の解釈に照らしても、本件運送事業の事業主は○○運であったと認めるべきである。

なお、検察官は、論告において、本件運送事業の被告会社の業務における重要性や丙と被告会社との沿革上の密接な関係等の事実を指摘して、被告会社と○○運との関係が、単なる仲介斡旋者と白バス業者といったものではなく、両社が一体となって本件運送事業を行ってきたと主張する。しかし、検察官の指摘する右の諸点は、実質的に本件運送事業を経営していたものが誰かという点とは殆ど関わりのないことであって、到底前記の結論を左右するものではない。

結局、本件運送事業の事業主は、あくまでも○○運であり、同社に継続的に運送契約の取次ないしは発注をしたに過ぎない被告会社は、右事業主ではないというほかない。

5  以上のとおり、被告会社は本件運送事業の事業主とは認められないから、同社はもとより、その代表者である被告人乙及びその従業員である同甲に対しても、両罰規定に基づいて本件の刑事責任を問うことはできず、丙との共謀の有無等その余の点について判断するまでもなく、被告人らには本件道路運送法違反の罪は成立しないといわなければならない。

五  結語

以上のとおり、被告人らにはいずれも犯罪の証明がないので、刑事訴訟法三三六条により、被告人らに対しいずれも無罪の言渡しをすべきである。

よって、主文のとおり判決をする。

(裁判官朝山芳史)

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